川上 薫

さいたま市について

大宮市と与野市と浦和市が新設合併して生まれました。新設合併とは、該当する自治体を廃止して新しい自治体を設立する方法のことです。市名は「さきたま」を由来としています。1556年に少輔実忠が完成させた城です。面積は89.69平方キロメートルで、人口は2015年2月1日の時点で79,609人です。埼玉県の北の端に位置しています。利根川が北側に流れていて、群馬県の県境に接しています。地図で見ると、細長い形状をしています。北部は旧本庄市で、南部は旧児玉町です。内陸にある台地でそれなりに安定した風土をもっています。旧市内域では3分の2が台地に該当します。一方、旧児玉町の方は山麓地帯なので、夏はムシムシした気候で、土砂崩れも多いと考えられます。交通については、JR高崎線が東西に走っています。市内に高崎線の駅は本庄駅のみです。市街地はこの駅周辺に広がっています。そしてその南側には関越自動車道や上越新幹線が市内を横断しています。市の中央部にはJR八高線(はちこうせん)が通っていて、児玉駅があります。国学者の塙保己一は本庄市が生誕地です。日本の文学や歴史を研究する上で欠かせない資料である「群書類従」を編さんしたことで知られています。生家は国の史跡に指定されていて、近所には墓もあります。雉岡城跡内には塙保己一記念館があり、遺品や県指定文化財である関係資料を展示しています。"